1か月も前なんだけども、ことの発端はこのエントリー。

そろそろ発想力(笑)とか地頭力(笑)とかについて一言言っとくか - 裏になるもの はてなユーザーの評価

NHKのクローズアップ現代という番組で「地頭力」がテーマだった時に書かれたエントリー。私は家にテレビが無いので、このエントリーを読んで番組の内容を推察して、まあエントリーの内容に納得していたのだけど、昨日たまたまyoutubeでこの時の番組がアップされているのを発見したのでそれを観たら、エントリーの内容から受ける番組の印象と、実際のそれは少し違っていた。













0から1を生み出せるわけ無いだろ
 結論からいうと、どんな独創的なアイデアも、既存のものからしか生まれない。

(中略)それにもかかわらず、番組内では新卒採用試験において、既存の要素を組み合わせたアイデアを発表した学生がアウトで、何か新しく見えるアイデアを発表した学生がセーフだったんだよね。ここで問題なのは、もちろん後者の学生のアイデアも既存の要素の組み合わせでしかないっていうことだ。結局、アイデアじゃなくて発表の仕方で採点してるんじゃないかと小一時間問い詰めたい。


番組では頻繁に「0から1を作る」という言葉が使われている。元エントリーと同じで私も番組の中で使われている意味では「0から1」という言葉は使わないし、多少針小棒大な表現であるけども、真意からしたら「0から1」という表現はそんなに誤っているものでもないと思う。

アイデアとは既存のものの組み合わせという意見には賛成なんだけども、実際には同じAとBという知識を持っている人が複数人いるとして、それらを組み合わせてCというアイデアを生み出せる人と生み出せない人の差って言うのは歴然としてある。その差っていうのは全然「0から1を作る」ではないし、誰でも差を埋めれることができるんだろうけど、便宜的な表現としてはまあアリだと思う。

で、番組内でアウトになっている学生は、(名前や顔も出している人にこんなこと言うのも少し気は引けるけども)ハッキリ言って私から見ても、アウトになるべくしてアウトになっているよね、という感じではある。ナレーターの喋っている部分は本質的ではないのでそこは無視して、面接官とのやりとりだけをよく見てほしい。(2番目の動画の8分30秒ぐらいから)以下面接官の質問。

「改めてターゲットを教えて下さい」
「このシステムを買ってくれるのは誰でしょうか?」

この2つの問いに即答できない時点で0点だと言われても仕方がない。なぜなら根本的な勘違いをしているから。「ビルゲイツの面接試験」という本に良い事が書いてある。以下は「スパイス棚を設計しなさい」という問題の解説。

P164
まず、どういう答えが期待されているか、はっきりさせる(頭の中で、あるいは対話で)

「あまり頭のよくない志願者は、設計を絵のように考えている。白紙をもらい、何でも好きなことができるというわけだ。頭のいい志願者は設計とは、難しい、一連のやりくりだということがわかっている」
(中略)
「たいてい、志願者が子どものころから覚えているスパイス棚の絵を描き始めることになる」そこで、「そうじゃないんです。お母さんのスパイス棚の絵を描いてくれというのではなくて、スパイス棚をどう設計しますかと聞いているんです。」と言う。それから、相手が、この棚を誰が使うのかとか、それをどこに置くのかを求めるようになるかどうか、そういうことを調べる。相手がそうしてきたら、「ああ聞いてくれてよかった。これは料理学校で使う予定です」などと言ってやる。それでいろいろなことがわかる。料理学校で使われるのなら、いろいろな種類のスパイスが要るとか。延々と会話が続くこともある。


ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?


アウトになった学生の場合、そもそもそれは誰が買うの? とか誰をターゲットにするのか? という1番大事な部分を無視しているから、単に知識を揃えただけで表面的に取り繕っているだけというような評価をされても仕方がないと思う。テレビに映っている部分だけで判断すると、少なくとも私はそう感じた。

まあそれは「0から1を作る」とか「地頭力」というよりは、単なる問題の真意をくみ取っていないコミュニケーション能力不足、または読解力不足といった方が適切なんだろうけども。

で、話は少し変わってここまで考えてきて、自分自身は「地頭力」とか「フェルミ推定」っていうのは多少大袈裟な表現ではあるとは思いつつ、言ってることの中身は至極まっとうだと思ってる。で、「地頭力」という単語が最近よく用いられているのは、たぶんこの本が売れているからだろうと思う。

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」


この本の中身もとても真っ当だと思う。というか名著だと思う。一応フェルミ推定の定義を引用するとこう書いてある。

つかみどころのない物理量を短時間で概算することをフェルミ推定と呼ぶ

物理学者のエンリコ・フェルミが天体の距離やら様々な物を推定していたからこう呼ばれているらしい。この本はそれを単にビジネスに応用したものだ。引用部分の表現が多少大袈裟なんだけども、要するにある数字が直接わからない時に関連する数字から推定する、ということ。例えば歌舞伎町にあるマクドナルドの1日の売上を調べる必要があったとする。この時、直接売上の数字がわからないからといって、「わかりません」なんて答える奴は「ボンクラ」なのです。「売上」という数字が分らなければ、「客単価」と「来客人数」を推定してそれらを掛け合わせれば、「売上」も推定できるわけです。

この手の能力って本当に大事だと思うんだけど、針小棒大的な誇大広告、宣伝に嫌悪している人たちによって必要以上に批判されているような気がする。

地頭力(笑) はてなユーザーの評価


休憩時間、近所のコンビニでスピリッツを立ち読みしていたら、その横になにやら楽しそうな雑誌が。
3D影で描かれた人体の頭部。
その上に躍る文字は「地頭力」。
一昔前に流行った超記憶術の広告レベルのセンスに度肝を抜かれた。しかも表1にそれって。
たったこれだけで胡散臭さをここまで出せるのは驚きだ。
しかし、よくよく見ると週刊東洋経済だった。
こんなうさんくせー表紙の雑誌読んでコンサル(笑)だのマネジメント(笑)だの言ってるとか、噴飯モノだ。

確かに東洋経済の「地頭力」がテーマの時の表紙は「地頭力」に便乗しすぎの馬鹿丸出し感があったけども、まあそこは商売なんだから仕方がないんじゃないかと。やっぱ定期的に売り出す以上ネタ探しに必死なのは当然で、話題になっているものを誇大に宣伝して売り上げを伸ばそうとするのも必然的ではある。それに騙されないようにするのは大事だけど「地頭力」や「フェルミ推定」というテーマそのものが噴飯ものだとは私は思わない。


フェルミ推定なんて、ただの推定手法だろ?
それなのに、特集記事の半分以上、延々フェルミ推定について書いてあった。
ただ自分勝手に数字を設定して計算するだけの手法に、地頭力の何が隠されて居るんだ?

確かにただの推定手法なんだけど、やっぱり重要だと思うよ。本当にこの手の概算がまったくできない奴っていうのは一定の割合でいて、自分で考えることを放棄して「わからないからできない」とか言うやつはゼミとかでもいるんだよね。


「google検索を使えば、日本の電柱の数は分かる。だが、使えなくなったときには困る。」的なことが書いてあったけど、

そんなもんありえない仮定だろw

面接の場面で電柱の数を聞いたり、ピアノ調律師の数を聞いたり、富士山をどう動かすかを聞くのは、もちろんその数字そのものが知りたいから聞いているわけじゃない。そうではなくて、受験者によってある数字を知っているかどうかでフェルミ推定に差が出ないような問題を考えると必然的にそういった一見突飛な質問になってしまうんだよね。以前私も人力検索でフェルミ推定の問題を出したことがあるけど、やっぱりそうなってしまう。

http://q.hatena.ne.jp/1203541436

ビジネスの現場ではもっと実用的なフェルミ推定なんだろうけども、面接の場でそういった「変な」問題になってしまうのは仕方がない。だからそれらの問いをだけを見て、フェルミ推定って下らないっていうのは少し早計だと思う。それに意思決定をするのに、あれば便利だけど正確な統計情報が無いっていう場合は結構あると思う。そういった時に、さっきのマクドナルドの時のように推定してから判断するのとそうでないのでは結果に違いが出てくると思う。

すべての情報が揃ってから意思決定をするということの方が少ないだろうから、自分の方から数字を推定して仮定して仕事をするってことは重要なんじゃないかな。

実際有益なフェルミ推定として、私は自分自身の以下のエントリーを挙げることができる。

ソフトバンクはシェアが低いからアクセスチャージが高いんだよ
アクセスチャージに関する考察(定量分析) 2/3
アクセスチャージに関する考察(定量分析) 3/3

自画自賛のエントリで少し恥ずかしいのではあるけども、これらはフェルミ推定を生産的に使った例だと思う。フェルミ推定とは単なる知的遊戯ではないのだ。

「検索すればいいや」という風潮に警鐘を鳴らすのは理解できるが、これだけフェルミ推定をプッシュされると、
「フェルミ推定だけあればいいや」と思うバカが大量発生するんじゃないの?

まあ確かにその可能性はあるかもしれない。フェルミ推定ができればそれで完璧っていうのも間違いだろうね。だけどまあそこはバランスというか程度の問題だと思う。


どうせ本や雑誌に書いてあることはうまくいってるケースが書いてあるだけっていう発想はないの??

(じっさい、フェルミ推定の適用例は、数字を弄ってあると見えて、推定値はほとんど真実の値に近いものばかりだった。

仮定に仮定を積み重ねるフェルミ推定で、そこまで数字を当てることが出来るかよw


これはアマゾンのレビューでも似たようなことが書いてあったけど、日々訓練することによってその精度というのは上がってくると思うよ。

個人的には文系理系という分け方はナンセンスだと思っているので、文系だからこんなの必要ないっていうのは違うのではないかと考えている。youtubeでの糸井さんの言外の意味を取ると、「こんなのくだらない」という意思が読み取れるけど、私自身は糸井さんがそういった思考ができないから負け惜しみで言っている部分もあると思っている。(もちろん糸井さんが言うように、すべての人にそういった能力が求められているとは思わないし、逆に自分には糸井さんのような文芸能力というか、世相を端的に言葉で表すような能力が足りないのだけど。)

どうまとめたらいいのかわからなくなってきたけど、まあ少なくとも私は「フェルミ推定」は重要だと思うし、日々いろいろ推定するのはおもしろい。あんまり毛嫌いするのももったいないかなと思う。